桜田 泰憲
いつものように出勤前のニュースチェックをしていた朝。日産追浜工場閉鎖のニュースが流れた瞬間、コーヒーカップを持つ手が止まった。
なんでこんなに動揺したんだろう。考えてみれば、私と追浜工場に直接的な関係はない。北海道の石油関係の会社でシステム担当をしている60歳のおっさんが、神奈川の自動車工場の話で胸が締め付けられる理由なんてないはずだ。
でも、あった。
同僚mikuの取材データが教えてくれたこと

webライターの副業で一緒に仕事をしているmikuから、この件の取材データが回ってきたのは2日後だった。彼女は若いから、数字や事実を淡々と整理するのが上手い。でも、その整理された情報を見ているうちに、私は別のことを考えていた。
追浜工場。1961年操業開始。従業員2400人。2027年度末で生産終了。
これって、結局は「人の数」なんだよな。
私の会社でも何度かシステム統合で人員整理があった。そのたびに思うんだが、数字で語られる「効率化」の向こう側には、必ず「明日からどうやって食っていくか」を考えている人がいる。
2400人の家族を考えたら、軽く5000人は超える。追浜という街で、日産に関わって生きている人はもっと多いだろう。
システム屋の目で見た日産の数字

2024年度の日産の決算を見て、正直ぞっとした。
売上高営業利益率0.6%なんて、システム運用で言えば「動いてるだけ」のレベルだ。利益を生んでいるとは到底言えない。
連結売上高12兆6,332億円に対して営業利益698億円。これ、売上の99.4%がコストで消えているということだ。当期純損失6,709億円なんて、もはやシステム障害レベル。
私たちの会社の基幹システムでも、稼働率が70%を切ったら「要改善」扱いになる。工場も同じだ。稼働率が低いということは、そこにある設備や人件費が有効活用されていないということ。経営判断としては理解できる。
でも理解できることと、納得できることは違う。
ホンダとの破談で見えた企業のプライド
2月にホンダとの経営統合が破談になった時、正直「やっぱりな」と思った。
北海道の田舎育ちの私には、大企業の「プライド」がよく分からない。雪で車が動かなくなった時、どこの会社のトラクターに引っ張ってもらおうが関係ない。助かればそれでいい。
でも日産は違った。ホンダから子会社化を提案された時点で「NO」だった。
mikuの取材メモにあったんだが、この破談の背景には日産社内の複雑な事情があったらしい。内田社長(当時)は統合に前向きだったが、副社長クラスの猛反対にあったという。
企業内政治ってやつか。システム部門でもよくある話だ。現場は統合の必要性を感じているのに、管理職が縄張り意識で反対する。結果、全体最適ができずに問題が先送りされる。
岩渕さんの言葉が刺さった理由
東京新聞の記事で読んだ、追浜の弁当販売店経営者・岩渕則彦さん(59)の言葉。
「うそだろ、と思わず声が出た」
この感覚、すごく分かる。
私も50代の時、会社の大規模なシステム統合で、自分の部署がなくなるという話を聞いた時、全く同じことを言った。「うそだろ」って。
現場で毎日汗をかいている人間からすると、経営陣の判断って突然降ってくる「天災」みたいなものなんだ。論理的には理解できても、感情がついていかない。
岩渕さんの「コメの値上がりでただでさえ経営が厳しい。本当に閉鎖となれば、影響はダブルパンチだ」という言葉も重い。
個人事業主って、大企業の社員と違って逃げ場がない。会社員なら転職という選択肢があるが、17年間地域密着でやってきた店を畳むのは、人生そのものを変えることだ。
地方で働く者として思うこと

私がこの問題に過剰反応するのは、たぶん地方で働いているからだ。
北海道の地方都市で、石油関係の仕事をしていると、「産業の盛衰」を肌で感じる。炭鉱が閉山した時の夕張の話とか、製紙工場が撤退した時の話とか、身近にたくさんある。
企業城下町って、その企業がなくなった瞬間に「普通の田舎」になってしまう。インフラは残るけど、活気は消える。若い人は出ていく。残された高齢者だけが、「昔はよかった」を語り続ける。
追浜はまだ首都圏だから、日産がなくなっても別の仕事はあるかもしれない。でも、64年間その地域の中心だった工場がなくなるインパクトは計り知れない。
システム屋が見る日産の構造問題
冷静に分析すると、日産の問題は「選択と集中」が遅すぎたことだ。
2019年の世界販売台数約500万台から、2025年予想の約300万台まで落ち込んでいる。この5年間で200万台のマーケットを失った。システムで言えば、ユーザー数が4割減ったということだ。
こんな状況で17の生産拠点を維持するのは不可能だ。早めに10拠点に絞って、残った拠点の競争力を高めるべきだった。
でも、それができなかった。なぜか。
たぶん、ゴーン逮捕後の混乱、ルノーとの関係悪化、コロナ禍、そして経営陣の求心力不足。すべてが重なって、意思決定が後手後手に回った。
システム統合プロジェクトでよく見る失敗パターンだ。
技術の日産は復活できるのか

それでも、全部が悪いわけじゃない。
全固体電池の実証工場稼働とか、新型リーフの開発とか、技術面では光るものがある。e-POWERだって、独自技術として評価は高い。
問題は、これらの技術がビジネスとして成功するまでの「時間」があるかどうかだ。
2025年4-6月期に2000億円の営業赤字予想。前年同期の黒字から一転してのこの数字は、相当ヤバい。キャッシュが続くうちに立て直せるか。
結局、人の話なんだよな
長々と書いてきたが、結局この問題は「人」の話なんだ。
追浜で働く2400人の従業員。その家族。工場と共に歩んできた地域の人たち。みんな、それぞれの人生がある。
経営効率とか競争力とか、そういう言葉で片付けられない重みがある。
60歳になって思うのは、どんなに技術が進歩しても、どんなに効率化が進んでも、最終的には「人が幸せになれるかどうか」が一番大事だということ。
日産には、単なる経営再建じゃなくて、関わる人たちが希望を持てる再建をしてほしい。
そして私たちも、企業城下町の現実を他人事として見るのではなく、自分の問題として考える必要があるんじゃないだろうか。
明日は我が身、かもしれないから。
※この記事は、同僚レポーターmikuの取材協力と各種公開情報を基に、一システム担当者の個人的見解として書いています。
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