走行距離課税は本当に必要?地方に広がる負担増の真実と政府の検討状況

桜田泰憲(webライター、石油関係会社システム担当)

https://digital.asahi.com/articles/AST8Q44VZT8QULFA00TM.html?iref=comtop_7_01

先日、同僚のmiku(全国レポーター)から「これ、どう思います?」と手渡された資料を見て、複雑な気持ちになった。走行距離課税の検討に関する資料だった。私は北海道羅臼町出身で、現在は石油関係会社でシステム担当をしている。車がなければ生活できない地方の現実を知っているし、同時にシステムエンジニアとして、この制度の技術的な問題点も見えてしまう。

ただし、最初に明確にしておきたいのは、走行距離課税の導入は決まっていないということだ。一部で「2025年4月から導入」という誤情報が拡散されているが、日本ファクトチェックセンターでも確認されているとおり、これは事実ではない。

この記事を読んでわかる事

  • 走行距離課税の現在の検討状況と政府の公式見解
  • 燃料税収減少の実態と背景
  • 海外の走行距離課税の実際の制度内容
  • 導入された場合の家計への影響試算
  • 技術的課題と監視社会化のリスク
  • 現実的な代替案の検討

現在の検討状況:政府は「具体的検討はしていない」

まず事実を整理しよう。2022年10月26日の政府税制調査会の総会で、走行距離に応じた課税について検討が必要だという意見が出ているが、2022年11月25日の衆議院予算委員会で岸田文雄前首相は「政府としてこうした具体的な検討をしているということはございません」と答弁している。

さらに重要なのは、2024年12月20日に与党が公表した「令和7年度税制改正大綱」では、自動車関係諸税について「公平・中立・簡素な課税のあり方について中長期的な視点から、車体課税・燃料課税を含め総合的に検討し、見直しを行う」という表現に止まっており、走行距離課税の導入について具体的には書かれていない。

つまり、現時点では「検討課題の一つ」という段階で、制度設計も導入時期も決まっていない。

燃料税収減少の現実:数兆円規模の財源不足

とはいえ、政府がこの議論を始めた背景には深刻な問題がある。燃料課税収入は確実に減少傾向にある。経済産業省の統計によると、現在のガソリン税は1リットルあたり53.8円(揮発油税48.6円+地方揮発油税5.2円)が課税されている。軽油引取税は1リットルあたり32.1円(全国一律)となっている。

電動車の普及は着実に進んでおり、日本自動車販売協会連合会(自販連)のデータによると、2023年の国内電動車販売比率は暦年初で5割超を記録した。ただし、この「電動車」にはハイブリッド車(HV)が大部分を占めており、純粋なEVの普及率は2023年は1.66%、2024年は1.35%と低水準にとどまっている。この傾向が続けば、道路整備や維持管理の財源不足は深刻化する。

ここは私もシステムエンジニアとして認める。データは明確に財源問題の深刻さを示している。

海外事例の実態:日本とは大きく異なる制度

海外の事例を正確に把握することが重要だ。

ニュージーランドニュージーランド交通局(Waka Kotahi)が運営するRUC制度では、世界で最も早く走行距離課税(RUC: Road User Charges)を導入したが、対象は税金がかけられていないディーゼル車や、総重量が3.5トンを超える大型車両。つまり、全ての乗用車が対象ではない。

アメリカ・オレゴン州オレゴン州運輸局のOReGOプログラムでは1マイル(約1.6km)あたり1.9セント課税している。ただし、これは1.6kmで約3円という計算になる。

ドイツ:現時点では7.5トン以上の大型トラックに限定し走行距離課税が行われている。

つまり、海外では限定的な導入が多く、「全ての車両を対象にした包括的な走行距離課税」は世界的にも珍しい制度になる可能性が高い。

家計への影響試算:地方ほど負担が重い

では、もし導入されたらどうなるか。海外事例を参考に試算してみよう(これはあくまで仮定の話だ)。

年間負担額変化の試算

ドライバータイプ年間走行距離現行負担額(概算)1km=3円の場合の差額1km=5円の場合の差額
地方営業職20,000km約10万円+50,000円+90,000円
郊外主婦(軽自動車)10,000km約4万円+20,000円+40,000円
都心週末利用3,000km約5万円-1,000円+10,000円
EVユーザー15,000km約3万円+15,000円+45,000円

注:現行負担額は自動車税、重量税、ガソリン税の概算。税率は海外事例から推定した仮定値であり、正式な制度設計は決定していない

この表を見ると明らかだが、地方で車を多く使わざるを得ない人ほど負担が重くなる。これは制度設計上避けられない構造的問題だ。

技術的課題:システム担当者から見た現実

システム担当として、技術面の課題も指摘しておきたい。

データ収集の方法:GPSに基づく距離計測は、走行距離をより正確かつ公正に把握できるため、改ざんや不正のリスクを大幅に減少させられる一方、GPSによるデータ収集には、個人情報保護への配慮が必要となる。

全国約8000万台の車両からリアルタイムでデータを収集・処理するシステムの構築は、相当な技術的ハードルとコストを伴う。私のシステム開発経験から言えば、これは簡単な話ではない。

最新の政治情勢:暫定税率廃止への動き

ここで重要な変化がある。2024年12月11日に自民・公明・国民民主の3党が、ガソリン税の暫定税率(1リットルあたり25.1円)の廃止に合意した。ただし、具体的な実施時期は決まっておらず、令和8年度の税制改正に盛り込まれる見込みとなっている。

これは50年間続いてきた制度の大きな転換点となる可能性がある。暫定税率が廃止されれば、ガソリン価格は1リットルあたり約25円下がることになる。

この動きは走行距離課税の議論にも影響を与えるはずだ。既存の燃料税を下げる方向性が示されたなら、新たな課税制度への必要性も見直されるかもしれない。

代替案の検討:より公平な財源確保策

走行距離課税以外の選択肢も考える必要がある:

  1. 炭素税の本格導入:CO2排出量に応じた課税で環境政策と財源確保を両立
  2. 法人税の道路利用負担金:企業の物流利用に応じた負担
  3. デジタル課税:プラットフォーム企業への新たな課税

これらの代替案にもそれぞれ課題はあるが、地域格差を生まない公平な制度設計が可能だ。

国民の声と業界の動向

JAF(日本自動車連盟)の2024年アンケート調査結果によると、走行距離課税やモーター出力課税の議論について知っていた人は33.3%にとどまっている。また、「これ以上、自動車ユーザーの負担が増えないようにすべき」を選択した人は72.5%に達している。

一方、日本自動車工業会(自工会)は走行税について断固反対の立場を表明しており、業界として慎重な議論を求めている。

我々が今すべきこと

  1. 正確な情報の把握:SNSの不正確な情報に惑わされず、政府の公式発表を確認する
  2. 建設的な議論参加:感情論ではなく、データに基づいた意見交換
  3. 代替案の提示:単純な反対だけでなく、現実的な解決策を考える

この記事を読んで分かったことと考えるべきこと

走行距離課税は現時点では「検討課題」の段階であり、導入は決定していない。しかし、燃料税収の減少という財源問題は現実に存在する。

重要なのは、この問題を地方vs都市、車利用者vs非利用者という対立構造で捉えるのではなく、社会全体でどう持続可能な交通インフラを維持するかという視点で考えることだ。

北海道出身の私としては、地方の交通事情に配慮した制度設計が絶対に必要だと思う。しかし同時に、道路インフラの維持財源も確保しなければならない。この両立を図る知恵が、今の我々に求められている。

技術者としても、情報発信者としても、この問題について冷静で建設的な議論を続けていきたい。

📚 さらに詳しい情報を知りたい方へ


【謝辞】この記事作成にあたり、全国レポーターmiku氏の情報提供と、信頼できる各種Webサイトの詳細な報道に深謝いたします。また、データ整理に協力してくれた石油関係会社の同僚たちにも感謝します。

この記事について

執筆者:櫻田 泰憲
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企画・取材:miku
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この記事は、ITコンサルティングを専門とする株式会社リミブレイクが運営するメディアとして、独自の取材と分析に基づき制作されました。