ケンミンSHOWが映す「地方文化の光と影」—データと現地取材で見えた真実

文:桜田 泰憲

記事執筆の経緯

石油関係の会社で働く私が、この記事を書くことになったのは偶然の出会いからだった。

知り合いが立ち上げて、私がシステムを担当しているIT企業の同じ職場に勤める全国レポーターのmiku(みく)が、地方文化をテーマにした長期取材から戻ってきた時のことだ。彼女が持ち帰った取材ノートとデータを整理する手伝いを頼まれたのがきっかけだった。

「もんじゃにシロップって本当にあるんですか?」

北海道出身の私には馴染みのない話だったが、ITエンジニアとしてのデータ分析スキルを活かして、彼女の取材資料を体系的に整理していくうちに、興味深い事実が浮かび上がってきた。

webライターとしての副業経験も5年になる私は、この貴重な取材データをもとに記事化の許可を得て、独自の分析を加えて執筆することにした。

mikuの取材で明らかになった番組の影響力

mikuが調査した『秘密のケンミンSHOW』は、2007年10月11日から放送開始され、現在まで17年以上続いている長寿番組だ。2020年3月をもって司会を務めていたみのもんたが降板し、4月からは爆笑問題の田中裕二が2代目司会に就任、タイトルも『ディスカバリー・エンターテインメント 秘密のケンミンSHOW 極』に変更された。

番組の影響力について、私がシステムエンジニアの技術を使って整理した視聴率データは以下の通りだ:

視聴率データ
  • 関東地区最高視聴率:2010年3月4日放送分の19.2%(ビデオリサーチ調べ)
  • 関西地区最高視聴率:2015年1月22日放送分の24.4%(オリコン調べ)
  • ケンミンSHOW極以降の最高視聴率:2020年4月30日放送分の13.8%

私がデータベース的にアプローチして分析したところ、この番組が地方文化の見方を根本的に変えたことが数値からも読み取れる。従来「恥ずかしい」とされていた地域の特色が、「誇るべき文化」として再評価される現象が全国で起きている。

同僚の現地取材から見えたもんじゃの真実

mikuが月島で実施した現地取材の記録を整理する中で、もんじゃの歴史について興味深い事実が判明した。

農林水産省の資料によると、食料難であった昭和20年代頃、うどん粉を溶いて醤油やシロップを加えたシンプルなもんじゃ焼きが子どもたちに広く親しまれていたという記録がある。

mikuの取材ノートには、月島の「もんじゃ近どう本店」での聞き取り内容が詳細に記されていた。戦後まもない時期に駄菓子屋の一角でもんじゃを焼いていたころからの由緒ある店だが、現在の観光客向けメニューと、かつて地元の人が慣れ親しんだ味は必ずしも同じではないという証言があった。

ITエンジニアとしての私の視点から分析すると、これは「システムの仕様変更」に似ている。元の機能(地元の子どもたちの駄菓子)から、新しい要件(観光客のニーズ)に合わせてアップデートされた結果、一部の機能が変更されたということだ。

データベース化したババヘラアイスの歴史

mikuが秋田で収集した「ババヘラアイス」に関する情報を、私がシステマティックに整理した結果がこちらだ。

一説には1948年(昭和23年)に児玉冷菓創業者の児玉正吉が、冷凍機を導入してアイスキャンデー屋を開業し、「悪くなる前に売り切る術に長けている」魚屋に委託して行商を始めたのが起源とされる。

販売形態の特徴:

販売スタイル情報
  • 販売員:中年以上の女性(ババ)
  • 道具:金属製の「ヘラ」を用いてコーンへ盛りつけ
  • 期間:降雪期を除いた春から秋(主に夏場)
  • 場所:幹線道路そばやイベント会場

私のようなシステム担当者の目で見ると、この販売システムは非常に効率的だ。移動式で在庫管理がシンプル、現金決済でトランザクションも簡潔。長年続いているのは、システムとして優秀だからだろう。

mikuの地方メディア取材から見えた温度差

mikuの取材ノートには、地方の新聞社やテレビ局関係者との会話も記録されていた。ある地方紙記者の発言として「東京のテレビ局に地元の魅力を教えられるのは複雑な気持ちです。でも、結果的に注目されるならそれでいいのかもしれません」という記述があった。

webライターとして情報発信に携わる立場から言えば、これは「情報の流通構造」の問題だ。従来は東京発のメディアが一方的に地方を「発見」していたが、SNSの普及により双方向の情報交換が可能になっている。

システムエンジニアから見た文化継承の構造

ITエンジニアとしての経験から言えば、文化の継承はシステムの保守に似ている部分がある。

レガシーシステム(古い文化)を新しい技術(メディア露出)で無理にアップデートすると、元の仕様(本来の意味)が失われることがある。しかし、何もしなければシステム(文化)自体が廃れてしまう。

重要なのは:

文化継承の工夫
  • コアな機能の保持:文化の本質的価値を維持
  • インターフェースの改善:現代的な発信方法の採用
  • 後方互換性:従来の利用者(地元民)への配慮
  • 段階的移行:急激な変更を避ける

webライターとして分析するSNS時代の情報発信

副業でwebライターをしている経験から、現在の地方文化発信について分析してみた。

SNSにより、地方からの直接的な情報発信が技術的に可能になった。これは従来の「東京→地方」という一方向の情報流通を変える可能性を秘めている。

しかし、データを見る限り、個人レベルでの発信はまだ限定的だ。TwitterやInstagramで地元文化を発信するアカウントは増えているが、フォロワー数や拡散力では従来のマスメディアに及ばない。

mikuの取材データから見る番組の功罪

同僚のmikuが17年間の番組データを分析した結果をまとめると、以下の功罪が見えてくる。

功の部分

  • 地方文化への全国的な関心の向上
  • 過疎化が進む地域への注目度アップ
  • 地元住民の文化への誇り再生

罪の部分

  • 文化の表面的な切り取りによる本質の見落とし
  • 「キャラクター化」による文化の単純化
  • 一過性のブームで終わるケースの存在

システム開発の世界では、要件定義が不十分だと後で大きな問題になる。メディアが地方文化を扱う際も、同様に「要件(目的)」を明確にすることが重要だと思う。

データエンジニアの視点から見た今後の展望

私のようなシステム担当者の目で見ると、地方文化の情報発信は技術的なインフラは整っているが、「運用」の部分で課題がある。

必要なのは:

文化継承の工夫
  • コアな機能の保持:文化の本質的価値を維持
  • インターフェースの改善:現代的な発信方法の採用
  • 後方互換性:従来の利用者(地元民)への配慮
  • 段階的移行:急激な変更を避ける

結論:システムとしての文化継承

mikuの取材データを整理し、ITエンジニアとwebライターの視点で分析した結果、一つの結論に至った。

地方文化は「生きているシステム」だということだ。固定されたデータベースではなく、常に更新され続ける動的なシステム。メディアがそれを「発見」し、全国に紹介することで新たなバージョンが生まれることもある。

重要なのは、バージョンアップの過程でコアな価値を失わないこと。もんじゃにシロップをかけて食べる文化も、ババヘラアイスの販売形態も、そこには確実に人々の生活と歴史が刻まれている。

私たちに必要なのは、表面的な「面白さ」を追求するのではなく、システムの根幹にある価値を理解しようとする姿勢だろう。データを扱うエンジニアとして、また情報を発信するライターとして、地方文化という貴重な「システム」を次世代に引き継ぐ責任を感じている。

北海道で生まれ育ち、本州の企業で働きながら地域の違いを日々感じている私だからこそ、同僚mikuの取材データから見えてきた地方文化の真の価値を、正確に伝えたいと思う。


謝辞
本記事は同僚の全国レポーターmiku(みく)の詳細な取材データをもとに執筆しました。現地での聞き取り調査や資料収集にご協力いただいた各地の関係者の皆様に深く感謝いたします。


桜田 泰憲
1964年6月生まれ、北海道目梨郡羅臼町出身。石油関係の会社でシステム担当として勤務。webライター歴5年。ITエンジニアの経験を活かし、データに基づいた分析記事を得意とする。同僚の全国レポーターmikuとの共同作業を通じて地方文化研究に取り組んでいる。

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